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JAZZY K BLOG

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第22章 リアル経営者時代(2)

2009年にスタジオ開設。

そしてその2年後には同じ佐賀県の遠方にも2店舗目を開設した。

 

まさに絵に描いたような順風満帆。

何をやっても上手くいくスターマリオ状態の気分だった。というか、経営が楽しすぎて、成功するかどうかよりも、これでやっていこう!という勢いの方が強かった。

 

 

目先の事に囚われず、常に前進しながら進んでいく、まさに進撃の巨人スタイルだ。

 

順調に生徒数を伸ばし、資産も増加させる。

 

同時に家庭教師のバイトも続けていた。

その当時は個人案件など、ダンス業務に関わる時間以外はあらゆる案件をこなせるレベルまでなっており、家庭教師のト◯イの担当からは、俺の事を【佐賀校のエース】と呼ぶようになっていた。

 

スタジオ経営者と人気家庭教師という2足のワラジは、一見バランスが悪いように見えて最高の相性だった。

 

 

不安定なダンススタジオ経営。いわば水商売のような側面もあるが、それでも毎月利益は増加してき、新しいキャンペーンを次々打ち出し邁進していく一方、家庭教師は高時給の案件を確実にこなしていく。

 

不労所得と労働所得のバランスが非常に良かった。キツかったけど。

 

 

ダンススタジオを開設して3年が経とうとした時、俺は一つの決断をした。

 

 

家庭教師である意味成功を勝ち取っていた自分にとって、寧ろ自分が生徒の家に向かうのではなく、塾を開設して生徒に来てもらうようにしてもらえば、ダンススタジオの不労所得+塾の不労所得、ダブルで稼げるのではないか?

 

 

決断してからの行動は早い。

 

 

すぐに商工会に融資の申請をしにいき、250万ほどを借りる事ができた。

 

佐賀市中心街で、10坪くらいの文具屋の隣に、小さい塾を構える事ができた。

 

 

 

 

すごく誇らしい気持ちだった。

ダンススタジオと学習塾。

 

まさに青年実業家。

 

銀行の担当者も、俺の事をそう呼んでくれていた。

 

 

天狗の鼻が伸びきっている、そんな状況だった。

 

 

 

 

そして現実は

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄の始まりだった。

 

第23章に続く。